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2021/05/14

廣重の「繪本江戸土産」の「冨士見茶屋」

■歌川廣重の…

作品として、比較的その名前があがることが少ないものに「繪本江戸土産」という絵草子があり、その中の一枚に「冨士見茶屋」がある。

Ebi0526_03_13 

*これは、冊子だが、一枚刷りは
 https://www.library.city.chuo.tokyo.jp/bookdetail?14&retresult=page%3DDETAIL%26area%3D2%26comp6%3D1%26cond%3D1%26item6%3DAB%26key6%3D%25E5%25AF%258C%25E5%25A3%25AB%25E8%25A6%258B%25E8%258C%25B6%25E5%25B1%258B%26mv%3D20%26sort%3D1%26target1%3D1%26&num=1989748&ctg=1&area=2&areaimage=1

■この絵をみて…

さして深く考えることもなく、今の目黒駅から目黒不動に向かう、行人坂上の茶屋だと思い込んでいたのだが、よくよく右上のキャプションをみると、しっかり「渋谷尓〔に〕あり」と明記してある。

さすがに、行人坂

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廣重「江戸名勝図会」「行人坂」

を「渋谷」とは言わないだろうし、そもそも、茶屋の敷地の見晴らし(西)方向の地形(とくに擁壁の有無)も樹木の様子も違う。

念のためというか、同じく廣重の描いた別の絵

Ndlcs_20210514235301
廣重「東都坂尽」「目黒行人坂之圖」

S_20210515012201
「江戸名所圖會」(行人坂上)「冨士見茶亭」
看板を見ると、ここの「冨士見茶や」は固有名詞のようである

をみると、さらに地形や樹木の差が明瞭である。

■渋谷で…

富士を見晴らせそうな高台といえば、まず思い付くのが、正確には上目黒ではあるが、大山道(厚木街道/玉川通り/国道246号)の大坂上なので、図会を探してみると、時代は下るが、

Photo_20210515000201
「東京名勝圖繪」「上目黒大坂」

ここも西方向の地形はまるで違うし、こちらは街道沿いだけに道幅が広いうえ賑わいが違う。

■この…

リンク先
雑司ヶ谷鬼子母神と富士見茶屋。 [気になるエトセトラ]
によると、冨士見茶屋というのは、固有名詞ではなく、江戸中に数百軒あったのではないかとしていて、廣重も、少なくとももう1軒、雑司ヶ谷の冨士見茶屋を描いている。

S_20210515001801
廣重「冨士三十六景」「雑司ケや不二見茶や」
現在の学習院キャンパス内にあった「珍々亭」という茶店の由

 たしかに、江戸やその近郊では、ちょっとした高台で南西方向を見晴らすことができる場所なら、どこでも、富士は見えるのだから

【資料映像】2005年10月地下化前の小田急線東北沢のこ線橋で撮影

R1583_e_200510_fuji 

「冨士見茶屋」がいくらあってもおかしくないわけである。

■そのため…

この廣重の「渋谷」の「冨士見茶屋」を見つけるのは結構難しそうだが…いずれにしても、目黒川(支流の、北澤川〔用水〕、空川〔そらかわ〕を含む)の崖線にある坂道の上のはずで、それほど数多くはない

【参考】目黒川左岸、稜線上の景観ポイント例

57

 

うえ、

加藤一郎「郷土渋谷の百年百話」渋谷郷土研究会/S42・刊

の、38話 pp.211-212 によれば、

下北沢に現存する森嚴寺の境内にあった「淡島の灸に通う人たちの途中休憩した掛茶屋が、松見坂三田用水脇の富士見茶屋…、宮益坂にあった 」

とされているので、

北沢1丁目の「富士講碑」: 平成作庭記+α (cocolog-nifty.com) 参照

・宮益坂上

S_20210515013801
「江戸名所圖會」「冨士見坂一本松」
画面左奥が「不しみ坂」こと現在の宮益坂で、解説文によれば「茶亭酒亭あり」とある

ただし、ここも、街道の大山道沿いであるうえ、比較的早い時期から、絵のとおり家屋が立ち並ぶ「渋谷宮益町」と呼ばれる街場として取り扱われ、正徳 3 年(1713)には町奉行の支配下におかれた場所なので、先の大坂上と同様「賑わい」の点でやや齟齬がある

・滝坂道(現・淡島通り)の松見坂上

Dijs_20210515005601
「江戸名所圖會」「駒場野」

について、もう少し検討してみたいとところである。

 

【余談】

冒頭の、廣重の「繪本江戸土産」という表題。、浮世絵は、江戸切絵図と並んで、参勤交代で領地に戻る武士や地方の取引先に赴く商人、あるいは、伊勢参りなどの参詣の途中で江戸に立ち寄った旅人などが、文字通り土産として購入したといわれている。

 なにしろ、軽くて嵩張らないので、徒歩を原則とする旅の土産品としては打ってつけなのであるが、さらに、そのような用途には最適なタイプの絵が企画・販売されていたことは興味深い。

 前出の目黒行人坂上を例にとると、江戸自慢双筆三十六興中の

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を挙げることができる。

 この絵は、手前の人物画を三代歌川豊國、背景などを二代歌川廣重が描いていて、どちらも一流絵師による江戸の美人画と江戸から見える富士を描いた風景画という2タイプの絵を1枚買えば一度に手に入る、いわば一石二鳥の「お買い得」な絵になっている。

【追記】

個人的に前々から注目していたのは、おそらく廣重の担当と思える、今まさに行人坂を上りきろうとしている、中年男の供を連れた女性である。

供の男は軽口をたたいている様子だし、軽く懐に手をいれた仕草からみて、商家の女将という堅苦しい雰囲気はない一方、顔つきや服装からみて、いわゆる玄人筋の女性とも思えないので、たとえば繁盛している水茶屋の女将といったところではなかろうか。

いずれにしても、こんな粋な雰囲気の魅力的なお姐さんがウロウロしていることも江戸の魅力といえ、廣重が、あえて豊國の当時の典型的な美人画とは別に、こういった別系統の女性像を描こうとした動機なのかもしれない。

ここまで気付いてしまうと、同じシリーズのほかの絵にも、「廣重好み」あるいは「廣重自慢」の女性が描かれている可能性があるので、折をみて分析してみようかと思う。

 

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