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2021/02/23

「渋55」『三角バス』路線短縮

■今日…

三田用水のサイフォン遺構を見に、小田急東北沢駅に行ったところ、東急トランシェの東北沢バス停に、看板がかかっていた。

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読んでみると、現在渋谷駅と幡ヶ谷折返所間で運行している、渋55号系統のバスが、令和3年4月1日以降、渋谷駅・東北沢駅間に短縮されるとのこと。

【資料映像】

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駅前に行ってみると、

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停留所のサインボードのフレームがセット済だった。

■この系統は…

かつては、東85系統として、東京駅八重洲南口と京王線幡ヶ谷駅前まで、東急バスと東京都バスによって運行され、朝の通勤時には「満員」表示まで出ることもあった路線。

地方出張の帰りに東京駅からダイレクトに家に戻るのに重宝した路線だったのだが、それが、渋谷駅前・幡ヶ谷折返所間に短縮されて今日に至っていた。

詳しい沿革や経緯は

http://baumdorf.my.coocan.jp/KimuTaka/HalfMile/SankakuBus.htm

を参照。

■考えてみると…

この路線は、もともとは、大正9年に代々木乗合自動車が、渋谷駅前と三角橋間で運行を開始した*(ただし渋谷付近は、上通り経由でなく現・文化村通り経由。なた、遅くも昭和6年までに、おそらく小田急線の開通を見こして、東北沢まで伸長されている)という、かなりの老舗路線なのだが、ある意味で、三角橋から東北沢まで一停留所分長いとはいえ、今回、ほほ、この路線の原初形に戻るともいえる。

*加藤一郎「郷土渋谷の百年百話」渋谷郷土史研究会/S42・刊 p.412(74話末尾)によると

 「渋谷町第四区の区会議員をやっていた伊崎捨次郎(滋賀県出身、ふとんや)が、お医者の瀬戸喜重郎らと図って創立した。伊崎は社長で、後の東急バスの渋谷初台線と東北沢幡ヶ谷線の二系統を運営したが…大正十二年九月東横バスに合併した」

 

■鉄道写真の世界での…

言い回しを借りると、葬式鉄ならぬ葬式乗合

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渋谷駅発、幡ヶ谷折返所行

【追記】2021年3月31日最終日

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前回の経験から、シャッタースピードを1/100に落とすことで、バスも行先表示も「止める」ことができた。

 

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幡ヶ谷折返所発、渋谷駅行

【追記】2021/04/23

東北沢駅発、渋谷駅行

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