« 世田谷区内の Dr.Austin の写真をさらに1枚特定 | トップページ | 「下北沢の戦後アルバム」編集ログ »

2018/04/15

ギャラリートーク「オースティン・コレクションでの試み 写真のはたらきを考える」

■昨晩…

早稲田大学の佐藤教授のお誘いで

赤坂のギャラリー&カフェ「Tokyo Little house」
http://littlehouse.tokyo/
で、午後7時から開催された

ギャラリートーク「オースティン・コレクションでの試み 写真のはたらきを考える」

に行ってきました。

■4人の論客…

Dsc09296sc_2
左から、古本隆男さん、佐藤洋一教授、米野雅之さん、衣川太一さん

それぞれの、ノウハウをフルに駆使した、写真(はいうに及ばず、そのスライドマウントまで by 衣川さん)の解析方法とその意義についての解説に加え、会場の参加者からの解説やコメントも多岐にわたって盛沢山で、まだ、頭の整理がついていません。

とても、ここに簡単にまとめられるものではありませんし、そもそも、そのすべてをここで取りあげるべきものとも思えませんので(とはいえ、連合国軍専用鉄道客車の形式番号・記号
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/1141 の読み方は非常に有益でした)
、今回は、このブログの既存の記事とも関連が深く、そのため「聞きながら目からウロコ」だった、古本さんの「博士の車」の解析を中心にレポートすることにします。

■古本さんは…

元オフロード系自動車雑誌の編集者であることから、その知識と興味をフル動員して、ライブラリ中にしばしば登場する、オースティン博士の「赤いジープ」について

・車種 米国ウイリスオーバーランド車製「CJ2A」の
      前期型 前面ガラスが2枚組のため中央に細いフロントピラーがある
           (後期型は1枚ガラス)
     の
      民生型 スペアタイヤが右後側面に付いている(軍用は後方背面)
            ヘッドライトが大きめ
                         (軍用は民生用より小径
                          【参考】http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/1127
                   〔左右反転〕フロントウィンドウ下に、いわゆる”1 st, team”のエンブレムが
                   が見える。)

・塗色 推定「ハーヴァード・レッド」
     博士の出身校にちなんで、数ある(赤だけでも3・4種ある)塗色オプション中の
           この「名前」の色を選んだのではないか、とのこと

を解析したのに加え、取り付けられているGHQのナンバープレートについて、2タイプ

・白地に黒文字
・黒?地に黄文字

あって、前者は1946~1948年の間に使われ、後者は1949年に使われていたことを解明しています。

■2種類のプレートのうち…

コレクション中の下北沢を撮影した

下北沢今昔写真+『戦後の下北沢アルバム』の正誤表と編集後記
http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2016/08/post-9fe0.html

中の18枚の写真(以下「下北沢シリーズ」という)中には前者のタイプはありませんが、後者については

02 北口駅前通り〔「近江屋不動産」=現・横浜銀行のビル〕
  http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/679

05 (現・一番街)本通り「稲毛屋金物店」
  http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/769

06 (現・一番街)栄通り最北端・本通り手前
  http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/645

の3枚の写真に写り込んでいる博士のジープに取り付けられています。

■ということは…

この3枚については、ほぼ(と、いうのは物理的に付け外しが必要なので、一定の移行期間というか猶予期間があるはずなので)1949(昭和24)年に撮られたことになるのですが、この年は、下記のリンク先のとおり、博士のカメラがライカからキヤノンに変わった時期とも重なります。

この3枚は、時期的にみても、また、

  Dr.Austin のカメラについての仮説
  http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2018/04/draustin-e472.html

末尾で指摘したような「色乗りのよい」方の写真といえることから、キヤノンIIb+セレナー50/1.9で撮られた可能性が高いと思われます。

■余談1:オースティン博士のジープの色

・「どの赤」かはさておいて、「なぜ赤」なのか。

 コレクション中の写真をみても、エリザベス夫人を含め、オースティン一家が特に赤い色を好んでいた形跡はありません。

 一方、博士は、日本に、GHQの「天然資源局野生動物課」の課長として赴任しており、自身も動物(鳥類)学者でもあるので、公務の調査や自身の研究のために、このジープで日本の山野に分け入ることを当然想定していたはずです。

 ところで、ハンターは、他のハンターから獲物の動物と見誤られて誤射されるのを防ぐために、赤など自然界では存在しないような派手な色味をものを身に着けることが多いのです。

 また、いかに連合国側が周到に日本の占領政策を事前研究していたとしても、博士の赴任当時、日本の狩猟事情について詳細に分析していたとは思えませんし、まして、日本のハンターの技量について具体的なデータがあったとも思えません。

 博士にしてみれば、そのような状況下での安全策として(軍用色の「オリーブドラブ」は迷彩色とうか保護色なので「危なすぎる」ため論外)、数10色あったうちの赤系統の色を選んだのではないでしょうか。

【追記】

解説文がないので、断定はできないのだが

http://www.flickriver.com/photos/jpl3k/3793457935/#large

によると"1946"年当時の"civilian"(民生)型の色は、戦後まもないため、選択肢が5色に限られ、そのうち赤系統は"Herverd red"1色だけだった可能性がある。

https://www.thecj2apage.com/forums/gray-paint-what-is-it_topic14647.html によれば、年を追うごとにヴァリエーションが増えていったようである)

その5色のなかで、上に述べた「安全色」といえるのは、"Herverd red"だけだろう。

■余談2:下北沢シリーズの「評価」

 つい先日あっけなく、結論にたどりついてしまった

世田谷区内の Dr.Austin の写真をさらに1枚特定
http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2018/04/draustin-263e.html

の「山下温泉」についてコメントを求められたので、発掘経過についてご報告させていただいただくのに併せて、オースティン写真に対する当方の評価について、概略以下のようなお話をさせていただきました。

 下北沢シリーズに限っての話かもしれないが、写されているのは、当時「『当たり前』で日常的すぎ」て、日本人がまずレンズを向けなかった光景で、外国人だから撮った写真といえる。

 また、博士が本業で撮っていた写真は(コレクション中にも何枚かその系統のものがあるが)「学術写真」といえ、下北沢シリーズの写真も、同様に対象との間にある程度の距離感を置いて(客観性を維持して)撮っているようだ。

 もちろん、木村伊兵衛も日常的な光景を撮ってはいるが、彼が撮ると(どうしても)「ドラマ」になってしまう。

 しかし、そのような「ドラマ性」は、写真を「テクストとして読む」ときには、かえって障害になる。

 その意味で、博士の写真の「非ドラマ」性は貴重だと思う。

|

« 世田谷区内の Dr.Austin の写真をさらに1枚特定 | トップページ | 「下北沢の戦後アルバム」編集ログ »

Photography」カテゴリの記事

Local history」カテゴリの記事

コメント

コモト様

昨晩はお疲れ様でした。また、コメントありがとうございます。

写真の撮影時点いかんは、そもそもの目的ともいえる「まちのうつりかわり」を明らかにするための資料です。

最近はその傾向がさらに進んでいますが、博士の写真にあるお店が、昭和37年ころの住宅地図では、すでに半分位は入れ替わっているほど変遷のはげしいシモキタのまちでは、この種のピンポイントに近い情報は、とりわけ重要な資料といえます。

投稿: baumdorf | 2018/04/15 22:35

土曜のイベントに参加していただきまして、ありがとうございました。
OA研では、得意分野が分散したメンバーが集まっているからこその醍醐味を味わっています。
下北沢での撮影時期を推測する参考になれば、この上ない喜びです。

投稿: コモトタカオ | 2018/04/15 18:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ギャラリートーク「オースティン・コレクションでの試み 写真のはたらきを考える」:

« 世田谷区内の Dr.Austin の写真をさらに1枚特定 | トップページ | 「下北沢の戦後アルバム」編集ログ »