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2018/04/08

Dr.Austin のカメラについての仮説

■今…

 

九段の博物館(国立)「昭和館」で展覧会「希望を追いかけて」が開催されている
  http://www.showakan.go.jp/events/kikakuten/index.html

 

Dr. オリバー L オースティン Jr. が、昭和21年から25年にかけて日本各地で撮影したカラー写真。

 

   http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/browse?collection=1

 

   なお、当ブログの「下北沢今昔写真」
    
http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2016/08/post-9fe0.html
    参照

 

■一部の…

 

写真については、スライドのマウント内にパーフォレーションがはみ出しているものがあるので、35ミリ幅のいわゆるライカ版のコダクロームが使われていたことはわかっていたものの、使ったカメラやレンズについては判明していなかった。

 

■今回入手した…

 

上記の展覧会の図録(以下「図録」)10ページの写真06の解説をみると、博士は「持参したライカ製カメラをなくしてしまったため」キヤノン製のカメラを「日本で購入した。」とあり、ご子息の許に保存されていたカメラの写真も掲載されている。

 

これをみると、

 

・カメラ本体は、
 カメラに向かって上面右上に平坦なファインダー倍率切り替えレバーがあること、
 同じく前面左上のシャッター速度調整ダイヤルの中央にドライバー用の溝が切られていること
 から

 

キヤノン IIB型
  http://global.canon/ja/c-museum/product/film10.html

と同定できる。

 

 ファインダ部分は別として、フィルムの出し入れその他の操作がライカと同じなので
  使い勝手に違和感はなかったはずである。

 

・レンズは、

 

図録の写真のレンズ部分の正面左上に"SERE"の文字が読み取れ
カメラが1949年(昭和24年)4月発売であること
から、当時の現行標準レンズ(焦点距離50mm)である

 

1947年(昭和22年)2月発売の
セレナー 50mm f=2.0
  http://global.canon/ja/c-museum/product/s20.html

か、その後継で、先のIIB型のボディーがダイカスト製になった後は、これとセットで発売されていたという

 

1949年(昭和24年)1月発売の
セレナー 50mm f=1.9
  http://global.canon/ja/c-museum/product/s19.html

 

この両者は、レンズ正面からでは、銘板が見えないと、ほとんど見分けがつかないのだが、前玉周辺のカラーの勾配からみて(レンズの先端径40ミリを維持しながら、f=2.0 から f=1.9にするため、前玉の口径を大きくした影響と思われる。ちなみに、同じ先端径のキヤノン50㎜ f≙1.8レンズではさらにこの部分が「切り立って」いる)おそらくは後者と推定される。

 

【追記】

 

2018年4月14日午後7時から、赤坂のギャラリー&カフェ「Tokyo Little house」
http://littlehouse.tokyo/
で開催された
ギャラリートーク「オースティン・コレクションでの試み 写真のはたらきを考える」

http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2018/04/post-6f33.html
の折、頭書「昭和館」の渡邉学芸部長からうかがったお話では、

 


博士のキヤノンカメラの底部の「シーピーオー」との刻印は、連合軍関係者向けの免税品であることを示している

 

由。

 

■ちなみに…

 

このIIB型の後継機であるIIIA型は父が使っていたカメラ
  シャッターボタン周囲のカバー、先のファインダー倍率の切り替えレバー、前面左上の
  低速シャッター用のダイヤルの形状が異なる

セレナ― 50㎜ f=1.9は、かつてネットオークションで入手済
  レンズが沈胴式なのでコンパクトに持ち運べるという魅力があった
なので現物の手持ちがある

 

Draustinscanon
「ほぼ」〔推定〕博士のカメラ

■次の…

 

課題は、当然のことながら、オースティン博士が「なくした」ライカのボディーとレンズがどの型式だったのか、ということになるが、こちらについては、今のところ手掛かりがない。

 

ただし、時期、とくに博士の日本への赴任時期に着目すると、ある程度絞り込むことはできそうである。

 

■博士の…

 

日本への赴任は、1946年9月とされている(図録p.15)。

 

この時期のライカ・カメラ本体の最新型は、IIIC〔戦後〕型なのであるが、何分、我が国同様の敗戦国であるドイツ製のカメラなので、戦後、製造が再開された1945年に生産されたIIIC〔戦前後期〕型の製造台数は3000台といわれている(中川一夫「ライカの歴史」写真工業出版社/S54・刊(以下「歴史」)p.65)ので、これを入手することは難しかったはずである。

 

一方、戦前生産のものをみても、1940(昭和15)年に発売開始(歴史p.65)された前年のドイツのポーランド侵攻によって、ヨーロッパ全体が、最後には全世界が戦火につつまれつつあったので、軍事物資でもある精密光学機械、しかもその最新型であるライカIIIC型を米国で入手することは、戦前でもかなり困難だったのではなかろうか。

 

■と、なると…

 

戦前の比較的早い時期に米国に輸入されたカメラを入手していた可能性の方が高く、そうだとすると、1937(昭和12)年発売のIIIb型(米国名「G型」)(歴史p.62)が博士のカメラだった可能性が最も高そうである。

 

■レンズについては…

 

上記のような事情を考慮して、1939(昭和14)年までに発売され、また、カラー写真を撮影していたことから、f値の少ない「明るい」レンズとなると

 

・ズミター 50㎜ f=2.0 1939(昭和14)年発売開始(「歴史」p.63)
 https://news.mapcamera.com/k4l.php?itemid=23344

 

・ズマール 50㎜ f=2.0 1933(昭和08)年発売開始(「歴史」p.36)
 https://news.mapcamera.com/k4l.php?itemid=20953

 

あるいは「べらぼう」に高価だったらしいが

 

   昭和13年当時のロンドンのカメラ店の価格表
  
http://chotoku.cocolog-nifty.com/blog/blog/photos/uncategorized/2012/02/13/photo_2.jpg

 

・クセノン 50mm f=1.5 1936(昭和11)年発売開始(「歴史」p.49)
 https://news.mapcamera.com/k4l.php?itemid=23340

 

といった可能性もある。

 

これらのうちでは、博士の写真をみると、どれも色の表現に破綻が見られないことから、カラーフィルムへの対応が図られていたというズミターの可能性が最も高そうに思われる。

 

■ただし…

 

撮影時期が特定されていれば別だが、このライカとキヤノンのどちらのレンズで撮影されたかは判別が難しい。

 

この時期あたりから、両社は「お互いに相手の製品を意識しながら」レンズを開発していたようなので、撮影された画像を個別にみただけでは、まるで見境が付かない

 

  http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2015/09/sony7r3520-e261.html
  とくに、冒頭のリンク先
   
http://geofoto.web.fc2.com/x100.html
    ページの「2017.3.25」の項参照

 

ことも多いからである。

 

やや乱暴に「仕訳」すれば、レンズが開発された年代、つまり、その当時のカラーフィルムの普及度からみて、やや青みがかった落ち着いた色調のものがライカレンズの、やや派手目な色調の(いわゆる「色乗り」がよい)ものがキヤノンレンズのものかもしれない。

 


Elmar
ズマールもズミターも手持ちがないので、さらに旧いエルマー50/3.5でのサンプル画像
(シリアルレス、かつ半回転ヘリコイドなので、1932〔昭和7〕年製と思われる。
 ハイライトが飽和して少し滲むものの、そのほかは絞り開放なのだが破綻はない。
 いわゆる「テッサ―」型なので、絵が素直なのも好ましい。
 「時代」を勘案すれば、やはり間違いなく「銘玉」である

 

Serenar
セレナ― 50/1.9のサンプル画像
こちらは「ゾナー」型。

花弁の陰影の表現は、さすがに「時代の差」から、こちらの方が上

 

「なんだか、今の基準で見ても普通のレンズだよね」という印象だったのだが、
感性の問題もからむので、念のため

http://geofoto.web.fc2.com/x100.html
で見ると、はたして

 

2018.1.8の項
「中心部の解像感は〔Canon 50mmF1.4S/1.2Sと〕同等にあるし、F8ぐらいに絞ると全体にまったく遜色がない」とあり、さらに、その下の写真のキャプションでは

 

Canon 50mm f=1,9 とsummitar(ズミター) 5cm f=2.0 を対比して「似たようなレンズだが段違いにCanonが良い。」
との評価だった

 

【追記】

 

PhotozShop + Nik Collection(by Google)で、Kodachrome (ただし 64)風のエフェクトをかけてみた

 

Elmark
Elmar

 

Serenark
Serenar

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