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2017/02/19

諏訪・伊那・木曽の旅【茅野市神長官守矢史料館】 余録: 大田区久が原のミシャグジのカミ【現地探訪篇】

■平成29年2月18日…

「昭和の暮らし博物館」の講演会の折、懸案だった

大田区久が原のミシャグジのカミ

の現地に行ってみた。

■ここは…

呑川左岸の崖線の直上、ほとんど縁の部分といってよい場所に位置しているばかりでなく、この崖の法面は

遺跡番号 34
ふりがな みなみくがはらにちょうめよこあなぼぐん
遺跡名 南久が原二丁目横穴墓群
所在地 大田区 南久が原二丁目
時代 [古墳時代][奈良時代]
種別 横穴墓
主な遺構/概要 1基
主な出土品 人骨

の包蔵地のようなので、他の「おじゃもじさま」例にたがわず、ここは、まさに、古代の祭祀の場所といってよいのである。

Iseki34
http://tokyo-iseki.jp/map.html

■最寄り駅の…

東急池上線の久が原からも、同じく多摩川線の鵜の木からも、そこそこ距離がある場所だが、大田区の鵜の木特別出張所の北東筋向いなので、比較的見つけやすい。

Dsc07606rs_2
さらに、巨木(ヒバ?)が目印にもなっている

Dsc07600rt_2
2015年秋の写真と較べると鳥居が建替えられていて、
今も大切に祀られていることがわかる

Dsc07589rs

Dsc07590rs

■碑文を読むと…

●正面

Dsc07593rtc

「道饗社詞」と読める(ただし「饗」の左上の「幺」の部分が「歹」)

●右側面

Dsc07597rts

「享保十二未天十二月吉日」と読むほかなさそうである
(なお、享保12年は丁未-ひのとひつじ-年。また、この年は12月に閏月がある)

●左側面
Dsc07599rtc

右「識〓道家中」

中「明治四未年十月廿?四?日建」

左「(判読未了)」

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