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2016/10/16

講演会余録「代田のダイダラボッチ」の弁天堂

講演会「三土代會の歴史」

http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2016/10/post-f36c.html

の終わりの質問タイム。

 会のテーマからみて、「ちょっと場違い」にも思え、どうしたものかと考えていたところ、幸い、どなたかから「代田という名前の由来」について質問が出た。

 話が、

  だいだらぼっち https://youtu.be/DQxilyFjqWA
    →旧守山小学校裏の沼地
       →柳田國男 http://www.h7.dion.ne.jp/~musashi/daidarabo.htm
          →石炭殼による埋め立て*

といった具合に、「まるで誂えたように」進んだので、これ幸いと

 「だいだらぼっちの弁天堂」

について質問してみた。

*ただし「地下鉄を掘った土で埋め立てた」との説もある由

お答えいただいたのは…

三土代會最年長、御年90歳という秋元一男さんで…

・守山の裏に弁天様はあった

・そのお使いの白いヘビがいると言われていたが私は見たことない

・あそこには、2方向から水が流れ込み、さらに清水があって池になっていた

【資料映像】

Yanagitadaidara

Web 掲載の図を転用
http://baumdorf.my.coocan.jp/KimuTaka/HalfMile/DaidaraBotti.htm

・その清水が冷たすぎるので、池で魚類は活きられなかった

・池から流れ出した水は、今の井の頭線の下北沢と代田(二丁目)の間の下を通って、その下は小田急までずっと田んぼで、そこに流れていた

・田んぼは(上流側から見て)右側だけで、左側に田んぼはなかった

【追記】

守山小学校五十周年編集委員会・編「東京都世田谷区立守山小学校創立五十周年記念誌」同校/昭和56年10月・刊
のp.34に、同校35周年児童文集中の「昭和七年頃の町のようす」と題する地図が掲載されていたので、引用する。

S07

・(池には)夕方になるとトンボを取りに行っていた
 チャン*というトンボを捕まえて竿の先の糸につけて飛ばすとギンヤンマが食らいつくので、それを捕る

*ギンヤンマのメスの俗称らしい

・その当時アメリカのターザンの映画があって、ワイズミューラーというのが演っていた

・私も「ワイズミラー!」と言って(ロープにぶら下がって)池を飛んで渡って遊んでいた

・お堂は大した大きさじゃなかった
 (註:手で示したサイズでは1辺50~60センチくらいか)

・井の頭の弁天さん、あんな感じのお堂だった
 (註:井の頭の弁天堂は大きいので、様式的に整っていた、との意か)

【資料映像】
F100008s
かつて、北沢5-24(玉川上水遊歩道脇)にあった弁天堂。
1辺120cmほどなので、この半分位のサイズということになる


・その凹みは、(笹塚の)桜護謨の石炭殼で埋められたと聞いてはいるが*、当時は代田にいなかったので直接見たわけではない

*「ガラス工場の石炭殼」説もあるようである

驚いたのは…

三土代会の皆さんのお話を総合すると

・今でも年に2、3回は周囲の住宅の水没事故が起こっている

・それも地下駐車場ばかりでなく床上浸水が起こることもある

ということで、

・暗渠化される前の水路の幅は(みぶりから判断すると)90~120センチくらいあった

・それが、ほぼそのまま同じルートで下水道化されたが

・代田側、北沢側、大原側と3方から周囲の水が全部集まってくる場所なので、(大雨のときなどは)町会でパトロールしている

そうである

【追記】

 念のためと思って、

世田谷区建設部土木計画課・編「世田谷区水害記録[第2版](昭和22年~平成3年)」同/平成4年4月・刊

の附図である世田谷区が昭和53年から平成03年までの主な豪雨による区内の浸水概況をまとめたマップを見てみたが、この里俗・ダイダラボッチ川では、昭和43年4月6日の集中豪雨の折に末流部(1筋東の里俗・森厳川との合流点の手前)で浸水が発生しただけ。

Pasedsuigai

 また、都市型水害対策連絡会が平成16年5月(19年改訂)に発行した「城南地区河川流域浸水予想区域図」
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/jigyo/river/chusho_seibi/index/menu02-04.html
(平成12年9月の東海豪雨の降雨〔総雨量589㎜、時間最大雨量114㎜〕を基準にしている)をみても、全体としてみれば先の森厳寺川など近隣の河川と比べても、別に突出して水害のリスクが高いわけではない。

 ただ、三土代會の方々のお話にあった西から時計回りに代田、大原、北沢からの水が集中するかつての弁天堂の、やや下流部については、場所によっては最大深さ2m以上の浸水のリスクがあることがわかる。

Jounanrisk

Photo

 しかし、実際の浸水被害は、このような「理論通り」の場所で起こっているわけではない。

 世田谷区がまとめた平成01年から27年までのデータ

浸水概況図及び水害被害記録
http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/104/141/557/d00020100_d/fil/mojikirokuh1-h27.pdf
のpp.22-23によれば、代田6丁目のだいだらぼっち川沿いでの家屋への浸水は、ほとんど平成11年以降に生じており、しかもそのあらかたは、先に記した元弁天堂のあたりではなく、もっと下流、井の頭線との交点あたりに集中していることがわかる。

 その理由については、浸水部位を見るとほぼ一目瞭然で、ほとんどが、地下車庫や半地下室へのそれであり、要は「黙っていても水が来る」ところに車庫はまだしも部屋を作ってしまったところにあるのであっって、いわば、家の設計を間違えた結果といってよい。

 このような場所では、過去の経験に基づいて「道路が冠水することを前提にして」道路際に擁壁を積んで内側を盛土することによって、敷地を道路面より高くして浸水被害を回避しているところが多い。

 そのような、いわば「古人の智慧」に思い至ることもなく、盛土を削って道路と同じ高さに家を建てたり、さらに、半地下の車庫や部屋を作れば浸水してあたりまえ。

 実をいえば、我が家もそのような場所で、50年ほど前は、しばしば家の前の「道」が「川」になって、水が引くまで学校から家に戻れないことがあったので(現に、前掲の「城南地区河川流域浸水予想区域図」をみると、我が家の前には、緑や空色程度ならともかく「青」の四角まで飛び交っている)、10年ほど前に家を建て替えたときも、敷地の1.2メートルほどの盛土を削るなどということは、およそ考えもしなかったし、たとえ、そんな「アホなこと」を思いついて実行したとしても、ほとんど「自爆」行為なので、ご近所のだれからも同情してもらえない)。

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