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2016/10/25

補助26線 新情報〔その2〕

ちょっとした切っ掛けで…

こんな
http://www.geocities.jp/jotaroweb/topi/16102202.png
画像がみつかった。

 ご近所(ときどき構内のイタリア料理店や生協の学食を利用させていただいている)なので、散歩地図にもなるというありがたい構内図だった。

実は…

東大先端研/生産研の敷地については、もう1枚「お宝」画像をセーブしている。

 ただし、今ではWeb上から消えてしまってるので、リンク先を示すことができないのが残念だが…。

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2016/10/24

Fox Fire のフィッシング・ヴェスト

ネットオークションで…

「メッシュ × ベスト」で検索したら、Fox fireのメッシュのフィッシング・ヴェストが破格の値段で出ていた。

 秋ものとか、冬物のダウン入りのフィッシング・ストは持ってはいるものの、ちょっとしたトラウマのせいで、真夏の釣りはできるだけ避けていたせいもあって、夏用のメッシュのヴェストは持っていなかった。

 しかし、ここ数年、夏というか初夏に、いわゆる「まち歩き」のガイド役をしていて、参加者の皆さんのうちかなりの方々がメッシュのヴェストを着ているのを見て「これはこれで便利そうだ」と、いろいろ物色はしてみたものの…

・ほとんどが、いわば「ゲートボール場」の皆さんが着ているような、何の面白味もないデザインのもので、さすがにそれはゴカンベン

・さりとて、フィッシング用のは、逆に、釣用としても私には 「ヤリスギ」で、まして「まち歩き」には不適当だし、しかも不当に高価

・では、プロ中のプロともいえる米海兵隊の放出品はというと、確かに機能的で魅力的なものの、普通のシャツ・パンツと合わせる着こなしが難しい、というかまず不可能

と、いった具合で、結局「これは」というのがなかなか見つからなかったのである。

Fox Fire といえば…

もう30年以上前になるが、当時のいわばあこがれのブランド。

 と、いっても、夏物のフィッシング・ヴェストは、あっても、せいぜい年に1度か2度使う程度なのに加え、腕が、日焼けでヒリヒリになったうえブヨに刺されて真っ赤になるのがいやなので(これもトラウマの一つで、盛夏に奥日光の湯川や湯ノ湖でひどい目にあった)、アメリカ旅行の折に、サンフランシスコのエディーバウアー* で買った長袖のフィッシング・シャツ(確か65ドルくらいだったと思う)を常用していた(今や「ヘタヘタ」だが手放せない)こともあって、高価(当然65ドルの日本円換算の値段では買えなかった)なこともあって手を出せなかった。

 と、いう経緯もあって…これがバカ安で入手できるなら、と落札してしまった。

* エディバウアーといっても、2度の倒産を経る前の、「アカ抜けないけど高品質」の、この

https://en.wikipedia.org/wiki/Eddie_Bauer#1971.E2.80.931987:_General_Mills_and_Ford_Eddie_Bauer_Branding

時代。

届いてみると…

おそらく30年ほど前の製品なので、使用感はあるものの、とくに痛みもなく

Dsc05621s

 しかも、かの「あこがれ」のブランドだった浜野安宏さんプロデュース時代の

http://www.teamhamano.com/blog/2014/02/12/

「スプールス」〔ベイトウヒ〕のゴールド色のタグ

Dsc05624s

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC

註:ただし、スプールスという樹木の材木は、建築用材としては、まったく高級品の範疇には入らない
  その点では、(黄葉するらしいことを含めて)日本のカラマツに近いか。


加えて…

前のオーナーがいかにも実用していたことを示す「おにぎりの梅干しの種」なんかがポケットから転がり出てきたり、と(個人的には、とても面白がれたのものの、当然ながら一般化はできない話なので、出品者さんには、今後はしっかり検品するようご注意させていただいた)、とてもうれしいオークションだった。

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2016/10/16

講演会余録「代田のダイダラボッチ」の弁天堂

講演会「三土代會の歴史」

http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2016/10/post-f36c.html

の終わりの質問タイム。

 会のテーマからみて、「ちょっと場違い」にも思え、どうしたものかと考えていたところ、幸い、どなたかから「代田という名前の由来」について質問が出た。

 話が、

  だいだらぼっち https://youtu.be/DQxilyFjqWA
    →旧守山小学校裏の沼地
       →柳田國男 http://www.h7.dion.ne.jp/~musashi/daidarabo.htm
          →石炭殼による埋め立て*

といった具合に、「まるで誂えたように」進んだので、これ幸いと

 「だいだらぼっちの弁天堂」

について質問してみた。

*ただし「地下鉄を掘った土で埋め立てた」との説もある由

お答えいただいたのは…

三土代會最年長、御年90歳という秋元一男さんで…

・守山の裏に弁天様はあった

・そのお使いの白いヘビがいると言われていたが私は見たことない

・あそこには、2方向から水が流れ込み、さらに清水があって池になっていた

【資料映像】

Yanagitadaidara

Web 掲載の図を転用
http://baumdorf.my.coocan.jp/KimuTaka/HalfMile/DaidaraBotti.htm

・その清水が冷たすぎるので、池で魚類は活きられなかった

・池から流れ出した水は、今の井の頭線の下北沢と代田(二丁目)の間の下を通って、その下は小田急までずっと田んぼで、そこに流れていた

・田んぼは(上流側から見て)右側だけで、左側に田んぼはなかった

【追記】

守山小学校五十周年編集委員会・編「東京都世田谷区立守山小学校創立五十周年記念誌」同校/昭和56年10月・刊
のp.34に、同校35周年児童文集中の「昭和七年頃の町のようす」と題する地図が掲載されていたので、引用する。

S07

・(池には)夕方になるとトンボを取りに行っていた
 チャン*というトンボを捕まえて竿の先の糸につけて飛ばすとギンヤンマが食らいつくので、それを捕る

*ギンヤンマのメスの俗称らしい

・その当時アメリカのターザンの映画があって、ワイズミューラーというのが演っていた

・私も「ワイズミラー!」と言って(ロープにぶら下がって)池を飛んで渡って遊んでいた

・お堂は大した大きさじゃなかった
 (註:手で示したサイズでは1辺50~60センチくらいか)

・井の頭の弁天さん、あんな感じのお堂だった
 (註:井の頭の弁天堂は大きいので、様式的に整っていた、との意か)

【資料映像】
F100008s
かつて、北沢5-24(玉川上水遊歩道脇)にあった弁天堂。
1辺120cmほどなので、この半分位のサイズということになる


・その凹みは、(笹塚の)桜護謨の石炭殼で埋められたと聞いてはいるが*、当時は代田にいなかったので直接見たわけではない

*「ガラス工場の石炭殼」説もあるようである

驚いたのは…

三土代会の皆さんのお話を総合すると

・今でも年に2、3回は周囲の住宅の水没事故が起こっている

・それも地下駐車場ばかりでなく床上浸水が起こることもある

ということで、

・暗渠化される前の水路の幅は(みぶりから判断すると)90~120センチくらいあった

・それが、ほぼそのまま同じルートで下水道化されたが

・代田側、北沢側、大原側と3方から周囲の水が全部集まってくる場所なので、(大雨のときなどは)町会でパトロールしている

そうである

【追記】

 念のためと思って、

世田谷区建設部土木計画課・編「世田谷区水害記録[第2版](昭和22年~平成3年)」同/平成4年4月・刊

の附図である世田谷区が昭和53年から平成03年までの主な豪雨による区内の浸水概況をまとめたマップを見てみたが、この里俗・ダイダラボッチ川では、昭和43年4月6日の集中豪雨の折に末流部(1筋東の里俗・森厳川との合流点の手前)で浸水が発生しただけ。

Pasedsuigai

 また、都市型水害対策連絡会が平成16年5月(19年改訂)に発行した「城南地区河川流域浸水予想区域図」
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/jigyo/river/chusho_seibi/index/menu02-04.html
(平成12年9月の東海豪雨の降雨〔総雨量589㎜、時間最大雨量114㎜〕を基準にしている)をみても、全体としてみれば先の森厳寺川など近隣の河川と比べても、別に突出して水害のリスクが高いわけではない。

 ただ、三土代會の方々のお話にあった西から時計回りに代田、大原、北沢からの水が集中するかつての弁天堂の、やや下流部については、場所によっては最大深さ2m以上の浸水のリスクがあることがわかる。

Jounanrisk

Photo

 しかし、実際の浸水被害は、このような「理論通り」の場所で起こっているわけではない。

 世田谷区がまとめた平成01年から27年までのデータ

浸水概況図及び水害被害記録
http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/104/141/557/d00020100_d/fil/mojikirokuh1-h27.pdf
のpp.22-23によれば、代田6丁目のだいだらぼっち川沿いでの家屋への浸水は、ほとんど平成11年以降に生じており、しかもそのあらかたは、先に記した元弁天堂のあたりではなく、もっと下流、井の頭線との交点あたりに集中していることがわかる。

 その理由については、浸水部位を見るとほぼ一目瞭然で、ほとんどが、地下車庫や半地下室へのそれであり、要は「黙っていても水が来る」ところに車庫はまだしも部屋を作ってしまったところにあるのであっって、いわば、家の設計を間違えた結果といってよい。

 このような場所では、過去の経験に基づいて「道路が冠水することを前提にして」道路際に擁壁を積んで内側を盛土することによって、敷地を道路面より高くして浸水被害を回避しているところが多い。

 そのような、いわば「古人の智慧」に思い至ることもなく、盛土を削って道路と同じ高さに家を建てたり、さらに、半地下の車庫や部屋を作れば浸水してあたりまえ。

 実をいえば、我が家もそのような場所で、50年ほど前は、しばしば家の前の「道」が「川」になって、水が引くまで学校から家に戻れないことがあったので(現に、前掲の「城南地区河川流域浸水予想区域図」をみると、我が家の前には、緑や空色程度ならともかく「青」の四角まで飛び交っている)、10年ほど前に家を建て替えたときも、敷地の1.2メートルほどの盛土を削るなどということは、およそ考えもしなかったし、たとえ、そんな「アホなこと」を思いついて実行したとしても、ほとんど「自爆」行為なので、ご近所のだれからも同情してもらえない)。

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世田谷区代田図書館講演会「三土代會の歴史」

2016年10月15日…

世田谷区代田図書館の講演会

「昔の代田」(第2弾)『三土代會の歴史』

S_2

に行ってきた。

「三土代會」

【資料映像】
R8630_01c_2
2007年12月1日の「代田フェスタ」で撮影

というのは…

戦後、代田の始祖とされる「代田七人衆」と呼ばれる7家の末裔を中心に、当初はその菩提寺である円乗院*の檀家で構成された団体で、詳細は

【資料映像】
R3214_17s
同上

を参照。

文中の、多人数で一気に餅を搗きあげる「代田餅搗き」は、これまでマスメディアでもよく取り上げられていただだけでなく、世田谷区の無形民俗文化財(民俗芸能)にも指定されている。

*正式には「代永山円乗院真勝寺」

具体的にどんな「餅搗き」なのかは…

当方が、YouTubeにアップロード済みの、

2012年 1月15日 世田谷区代田八幡神社

https://youtu.be/eYDpt7Y-ZG8

での映像で。

なぜ…

このような餅搗きをするようになったのかというと、その理由は2つあって

その先、半年から1年分の農作業時の昼食にする水餅用に大量に搗く必要
 家族の多い家では、その分大量の餅を作る必要があるので、4俵・5俵(1俵60キログラム)分の餅をできるだけ短時間で搗く必要があった

水田が少ない地域なので、粘り気の少ない陸稲主体の米で搗く必要
 陸稲の米に、雑穀と少量の水稲の米を加えたものに餅の粘り気を出させるため、6人あるいは8人がかりで一気に搗き上げる必要があった

ことから、独特の方法(ただし、全国で唯一無二というわけではない*)が考えられた由。

*新潟県小千谷の5人搗き
  
http://www.city.ojiya.niigata.jp/soshiki/kikakuseisaku/kinetsuki-2012.html
 山形県上山〔上の山〕の8人搗き
  http://www.city.kaminoyama.yamagata.jp/site/kouhoushi/mati-141221.html
 など。

上のビデオを撮った…

2012年の折は、いわば「古式」に倣って米に粟を混ぜて搗いた餅が、ふるまわれたが、柳下隆さんの解説によると、戦前や江戸時代の餅を「完全復刻」するのは、実は、以下のようにそう簡単ではない、とのことだった。

そもそも米が違う

 当然のことながら、かつては、買ってきた米を使うわけではなく、自家で収穫した米を使うのだが、代田村の水田は、北沢用水沿いなど面積が限られていて、ほとんどが陸稲で粘り気が少ないので、搗きあげるのに時間がかかり、現在の水稲の米なら1臼5・6分で搗き上がるが、陸稲の米だとその倍の時間がかかる

搗き上がった後の雑穀の状態が違う

 前記のように、当地の餅は、もともとは、陸稲米だけでなく、それにトウモロコシ、粟、稗などの雑穀を加えて、さらに少量の水稲米を加えて搗いていたが、そのころは、長時間搗く、したがって搗く回数が多いので、雑穀(粟、稗を何日も前から水に漬けておく。)、皮が破れて餅の中に混ざりこむが、今は短時間で搗き上がってしまうので、皮が破れず、粒のまま餅の中に残ってしまう

かつてと同じ材料が入手できない
 トウモロコシは干して保存しておいたものを、前日から水に漬けて戻し、皮をはずして使っていたが、今入手できるのは西欧由来の品種のもので、当時使われていた在来種が今では手に入らない

「代田餅搗き唄」は…

 会員の鈴木巌さんから、毎回の餅搗きの冒頭の杵を使って米を捏ねる「こねどり」という作業(ビデオ参照)の時の唄と、全ての餅搗きを終えるときの納の唄をご披露いたいた。

 歌詞カードが資料として配られたので、そのうち、まだ著作権が存続中の平成元年に創られた部分(昭和天皇の崩御を受けて、元唄がすべて「目出度い内容」なので畏れ多い、ということから追加された由。)を除いて転載する(青文字部分がご披露いただいた2番)。

代田三土代會伝承「餅搗き唄」

ノーエ

目出度ナーエ 目出度めでたの若松様よ
庭にやヨーエ 庭にや鶴亀ソレサ五葉の松
松のナーエ 松の下にはお爺とお婆
お爺ナーエ お爺百までわしゃ九十九まで
共にナーエ 共に白髪のソレサはえるまで
共にナーエ 共の白髪はソレサまだおろか
孫にナーエ 孫に白髪のソレサはえるまで
孫のナーエ 孫の白髪はソレサまだおろか
石のナーエ 石の土台のソレサ腐るまで
さあさナーエ さあさ皆様程よく練れた
ねれたナーエ 練れたところでたたこぢゃないか ヨイヨイヨイ

此の家ナーエ 此の家やかたは目出度いやかた
奥じゃヨーエ 奥じゃ三味ひく中の間じゃ踊る
お台ナーエ お台所じゃおかちんねりを
これはナーエ これは来春ソレサ神供え
神仁ナーエ 神に供えて千両箱つんで
千両ナーエ 千両箱には大黒・恵比寿
恵比寿ナーエ 恵比寿・大黒ソレサ福の神
さあさナーエ さあさ皆様程よく練れた
練れたところでたたこじゃないか ヨイヨイヨイ

富士のナーエ 富士の白雪朝日でとける
とけてナーエ とけて流れて三島に落ちる
三島ナーエ 三島女郎衆が ソレサ化粧の水
女郎がナーエ 女郎が化粧して ソレサ客を待つ

よせばナーエ よせばいいのに舌切雀
ちょいとヨーエ ちょいと舐めたが ソレサ身の因果

本町ナーエ 本町二丁目の糸屋の娘
姉はヨーエ 姉ぼ二十一妹は二十
姉にやヨーエ 姉にや少しも望みはないが
妹ヨーエ 妹ほしさに御りょ願かけて

伊勢ナーエ 伊勢へ七度 熊野へ三度
芝のナーエ 芝の愛宕山ヘ ソレサ月詣り
愛宕ナーエ 愛宕土産に何と何をもろた
笠がナーエ 笠が三階 刀が三腰
笠はナーエ 笠は娘に 刀は婿に
娘ナーエ 娘かぶれりやれ 婿殿さしやれ
さあさナーエ さあさ皆様たたこぢゃないか ヨイヨイヨイ

沖のナーエ 沖の暗いのに白帆が見える
あれはヨーエ あれは紀伊の国 ソレサ蜜柑船
神田の市場で売られて買われて むかれて食われて
皮はヨーエ 干して刻んで 珍皮とされる

花のナーエ、花の吉原将棋の駒よ 金銀飛車角 桂馬の高飛び
香車ナーエ 香車なければ ソレサ歩がただぬ
揃ろたナーエ 揃ろた揃ろたよ六本の杵が 稲の出穂よりまだよく揃ろた
揃ろたナーエ 揃ろたところででたたこぢゃないか ヨイヨイヨイ

湯屋のナーエ 湯屋ののれんに松竹梅よ
熱さナーエ 熱さやうめまつ ぬるけりやだけよ ヨイヨイヨイ

曽我のナーエ 曽我のあだうち仁田の四郎は
富士のナーエ 富士の裾野で ソレサひざ枕 ヨイヨイヨイ

押せよナーエ 押せよ押せ押せ 押さなきや行かぬ
押してナーエ 押して木を遣る ソレサいかだ舟

伊勢はナーエ 伊勢は津でもつ 津は伊勢でもつ
尾張ナーエ 尾張名古屋は ソレサ城でもつ
内のナーエ 内のしんしょうは ソレサ妻でもつ

此の家ナーエ 此の家やかたは目出度い造り
柱ナーエ 柱金銀で 垂水が銀よ
屋根はナーエ 屋根は黄金で ヤレサ葺積る
奥ぢやナーエ 奥ぢや楽しく中の間で踊る
お台ナーエ お台所ではおかちんねーりよ

戸田のナーエ 戸田の渡しで今朝見た小女
あの小女ナーエ あの小女にやりたいものは
銀のナーエ 銀のかんざし 五尺のかもじ
入れてナーエ 入れて結わせて あとがら見れば
にいさナーエ にいさ泣かせの アリャ投島田

伊豆のナーエ 伊豆の七島 四国で八島
わしのナーエ わしの眼につく つく九の年増
表ナーエ 表向をば茶縞で見せて
今朝もナーエ 今朝も野に出て ヤレサ若菜を摘めば
露でナーエ 露で小つまが皆濡れる

袷ナーエ 袷よくきけみじろやおくみ
つまじやナーエ つまじやー生の苦労する
露でナーエ 露ぢや濡れても ヤレサ心ぢや濡れぬ
つまとナーエ つまと名がつきや濡れもする

遠くナーエ 遠く離れて苦労するよりは
浮気ナーエ 浮気されても側がよい

洗髪ナーエ 洗髪ほど心はとけて
主ヘナーエ 主へまごころ つげの櫛

〔転載省略:上記参照〕

これがナーエ これがこなたの納めの餅よ
釜もナーエ 釜もだいすも 蒸龍もご苦労
今年ナーエ 今年やこれきり ヤレサおなごり惜しや
御縁ナーエ 御縁あるなら また来年も

これがナーエ これがこの家の納めの臼よ
臼もナーエ 臼もだいす
*も蒸寵も杵も
それにナーエ それに続いて手返さんも御苦労
それにナーエ それに続いて板前さんも御苦労
それにナーエ それに続いて皆さんも御苦労
御縁ナーエ 御縁あるなら また来年も
明日はナーエ 明日はどちらでお搗きなさる

*「だいす」〔台す〕は、円形の釜の上に四角い蒸籠を載せるときに、釜の蒸気を蒸篭に送るために必要な、
 
丸穴の空いた四角い板
http://fujitadougu.com/mochi/mochi_kakuseiro.html の末尾参照

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2016/10/12

戦下のレシピ

去る…

平成27年12月5日開催の

北沢川文化遺産保存の会 の忘年会。
http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/52003856.html

1人1品持ち込みが慣例なので、毎回ネタ探しには行き詰まることがあるのですが、ここ数年、この会ではここ数年、先の戦時中の学童疎開が中心的な話題の一つなので、たまたま、とある知人から教えていただいた

斎藤美奈子「戦下のレシピ」岩波現代文庫
ISBN978-4-00-603291-3

Senka


という本にある「戦時食」の中から、まさに戦中終期の

ゆでじゃがいもに

「かぼちゃソース」 と

「代用マヨネーズ

のサラダ

を作って持ち込んだ。

とはいえ…

70数年前とは、以下のように材料が違うため、決して「同じ味にはならない」はずで、それでも、なるべく当時に近い材料(〔〕内は一般的材料。赤字が使った素材)を使うようにしたのだが…

■ゆでじゃがいも当時:よくて男爵 現代:伯爵など〕

■かぼちゃソース
蒸南瓜 〔当時:日本かぼちゃ 現代:西洋かぼちゃ〕    
  の
裏漉し大匙3杯に
・塩 〔当時:海水塩 現代:合成塩〕
  小匙1杯

・辛子
  
小匙半杯
・酢〔当時:最悪、氷酢酸水溶液 現代:醸造酢

  大匙2杯 
をねり合せる。

■代用マヨネーズ
・小麦粉 〔当時: 国産小麦 現代:アメリカ産小麦
  でとろっとした糊を作って冷まし、

・塩 〔当時:海水塩 現代:合成塩〕
  を入れ、
・酢 〔当時:最悪、氷酢酸水溶液 現代:醸造酢
  1に対し

油 〔当時:大豆油 現代:綿実油

  10の割合に加え
よくかき混ぜる
・溶き芥子を入れるとなおよい。

作った直後は…

無加工のじゃがいもはさておき、かぼちゃのソ-ス、代用マヨネーズともイマイチだったものの、時間が経ってみると、どちらもそこそこに(特に後者は「化けて」)もっともらしい味になっていた *

 やはり「心配」していたとおり、当時と現在との素材の差が結果に影響していたようで、たしかに、悪評の伝わる「すいとん」も、レシピを見るかぎり、ちゃんとした材料でつくれば、どう考えても「まずかろうはずがない」ので。

[後註]
* 水(実際は「ぬるま湯」)溶きの小麦粉から話がはじまるので、違和感があっただけで…
 油に酢に塩という点からいえば、ただの「サラダドレッシング」
 これに、油と酢をなじませるための「乳化材」として小麦粉デンプンを使う、と考えると…
 ほぼ、アメリカ人が発明し、フランス人はまず絶対に使わないらしい、(白)フレンチ・ドレッシングと同じことで、破綻がなかったのも、当然といえば当然。

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2016/10/04

復活した我が家の定番レシピ「キュウリのドイツ風サラダ」

〔卒爾?ながら…〕

■到来物の「山の幸」

Dsc05549tcss

の中に「大きなキュウリ」がありました。

■せっかくの大サイズのキュウリなので…

30年以上も前になりますが、京王プラザホテルの2階あたりにあったカフェで出していた
「ドイツ風キュウリのサラダ」
を、久しぶりに作ってみました。

辛子の利いたドレッシングが好みで、独身時代から我が家の定番メニュー。

(普通の日本のキュウリだと、皮を剥くとほとんど中身がなくなりかねず、また、身が柔らかすぎで「ドッシリ感」がに欠けます-アメリカのキュウリだと後者の問題はおこりませんが、そもそもそんなもの売ってない-。さりとて、皮を剥かないと「出来損ないのキュウリ鱠」になってしまいがちです。)

お肉にも合いますし、茹でたマカロニなどに載っけてハムでもあしらうとヴォリュームのあるサラダになり、さらにマカロニを増やすと「一食」ができてしまいます。

■作るのは…

以下の手順で、いとも簡単。

和食の定番「キュウリ鱠」のおいしさとは、また一味ちがうおいしさです。

6pcs

Enjoy!

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