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2015/01/15

「ヤマグワ」の素性調査

今から5・6年前

「山」から「原っぱ」に向かって、不思議な植物の幹が伸びてきました。

わが家では、見慣れない植物は(お宝植物だったら困るので)同定できるまでは温存しながら経過観察するのが原則なのですが、枝は伸びるし葉はでかいし、で毎年秋には根っこを残して剪定してしていたのですが…

また、翌年春になると幹が伸び、葉を展開します。

Yamaguwa2

その葉っぱというと、その多くは先端が3つや5つに割れているのですが、手許の植物図鑑をみても、該当のものを見つけ出すことができませんでした。

ところが、昨平成26年春に、泉先生にうかがってみたところ「ヤマグワ」との即答。

あらためて調べてみると…

確かにhttp://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/choripetalae/moraceae/kuwa/yamaguwa.htmには「成木の葉は卵状の楕円形であるが、しばしば3から5に深裂する。」とあります。

要するに図鑑では標準形の葉しか載ってないか、少なくとも標準形の葉を重視しているので、こちらのアンテナに引っかかってこなかったようです。

クワとなると、いうまでもなく「おかいこさん」のエサですから、今となっては、少なくともこのあたりでは「お宝」で、多分鳥が種を運んできたものだろう、ということまでは分かります。

しかし、この世田谷区と目黒区と渋谷区の境にある場所の周囲のどこに、その大元のヤマグワがあったのかは、謎でした。

当地の郷土資料をみても…

このあたりが、近世に遡ってみても養蚕地帯だったという記録はなく(「超寒村」だったらしい記録はあります)、明治の初期には茶が栽培され始め、東海道本線が開通して京都の宇治茶が移入されるまでは、「代沢茶」としてかなりもてはやされたことまでは分かっています。

しかし、明治13年ころに測量・発行された「迅速測図」をみても、クワ畑は、フランス式彩色図の場合なら、下図のとおり、「桑」と漢字で色分けされて表示されているのですが、

Photo_2
国領付近

このあたりについては、下図のように「桑」の表示はみあたりません。

Harunoogawadij_2

でも、すくなくとも数年前の当地の近辺に、実を鳥が食べられる「生きた」クワの木が、生息していたことだけは確かです。

どうにも解せなかったのですが…

最近、ある本をのことを思い出しました。

それが
桑井いね「おばぁさんの知恵袋」文化出版局/昭和51年刊のpp.82・83の
子供のお稽古」の冒頭の
「 近くの道路は安全な遊び場でしたし、なによりも原っばというのがいっばいあって、子供たちは終日駆けっこをしたり、かぶと虫やさいかちを探したり、ぐみの実をもいだり、今は東大の教養学部になっているあたり、東京帝国大学農科大学といったあのへんの農場へ行ったり、実験場の桑畑の桑の実で口を真っ黒にしたりして幼い日を送りました。

著者(とされる)「いね」さんが、旧下代田町、つまり、駒場にある現・東大先端研/生産研の井の頭線をはさんで南側に大正から戦前にかけて住んでいたころのエピソードです。

駒場の農科大学

というよりその前身である、明治政府の勧農局駒場農学校は、三田用水のからみでかねてから調べている場所なので

    http://homepage3.nifty.com/baumdorf/KimuTaka/HalfMile/KomabaWater.htm
    http://homepage3.nifty.com/baumdorf/KimuTaka/HalfMile/KomabaMichi.htm

その歴史が

東大農学部の歴史
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/history/index.html
に詳しく書かれていることは、わかっていました。

あらためてアクセスして、そこの
農学部の生育

http://www.a.u-tokyo.ac.jp/history/history2.html

農学部の拡充
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/history/history3.html

というページに掲載されている、構内配置図を詳しく見てみると、遅くとも明治30年ころから
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/history/images/noukadaigaku-m29.jpg

早くとも、昭和の始めころに前田侯爵邸(現・駒場公園など)ができるまで
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/history/images/komaba-s2.jpg
は、

旧・前田邸つまり駒場公園から、井の頭線南の駒場「野」公園の北端にある通称「ケルネル田圃」にかけての一帯が、「桑園」あるいは「桑標本園」だったことがわかりました。

S02noukadai_2
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/history/images/komaba-s2.jpgの昭和2年の構内配置図に補入。
黄塗部分が桑[標本]園。緑塗部分がケルネル田圃

Ogawayousanshitsu
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/history/history2.html のコントラスト等を修正
明治29年ころに上図の赤四角の場所にあったと思われる養蚕室

【追記】
この時期は、日本の産業が「重厚長大化」する前で、輸出産業、つまり「外貨稼ぎ」の主力は
「お茶」と「絹」(+中国向けの「コンブ」
)だったので、農科大学としても、カイコと、そのエサの
クワの研究に力を注いで当然の時代でした。

これが「いね」さんのいう「東京帝国大学農科大学」の「実験場の桑畑」であることは、まず間違いないと思います。

この近辺の桑としては

この農科大学の桑園にあったものしか起源は考えにくいうえ、その跡地が前田邸をはじめ比較的大きな「お屋敷」として永く残っていたこと、加えて、京王井の頭線の旧・駒場駅の南からケルネル田圃にかけての傾斜地は、今でもほとんど「手付かず」の状態にあることなどから、その一帯のどこかにあった名残の桑の木の実を食べた鳥が、わが家に種をはこんできたと考えるのが一番素直なようです。

そんな由緒のあるものなら、間違いなく「お宝」ですので、大事に育てなければいけなせんので、いわゆる「ウラ取り」のため、春になって、わが家のヤマグワの葉が3裂とか5裂したころに、葉の形を手がかりに、駒場公園の南端とか、その南西の日本民芸館の裏庭とか、井の頭線南のケルネル田んぼの土手のあたりを、探索してみたいと思います。

【追記】2015/02/21

 今日、日本民藝館の、旧・柳宗悦邸の公開日とのことから、行ってみることにした。
 併せて、本館の前庭部分だけだが、クワの木がないかと探してみたところ、玄関に向かって右脇の入隅のところに、剪定されてはいるが、根の上の瘤の部分や折れ線グラフのような枝の形が、我が家のヤマグワとそっくりな植物があった。

Dsc02996cs

 曜日にもよるが、我が家から最短なら5分ほどで行ける所だし、この場所なら入館料(\1.100)も不要なので、今後「経過観察」してみようと思う。

【追記】2015/02/28

 思い出しました。

 5月4日の皇居吹上御苑の自然観察会の折、その北東隅の白鳥池のところに、池に大きくせり出して生えているクワ

Dsc00572s

があって、そこでヤママユの幼虫が観察されたとのことでした。

【追記】2015/05/17

近隣の調査結果はこちら

http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2015/05/post-bc16.html

【追記】2017/01/21

国会図書館のデジタルライブラリに

佐々木忠二郎「農科大学桑園」同大学/M27・刊

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/841226

が収録されていた。

春というか葉が割裂する初夏になったら、現物と、この本の末尾の桑の葉の図録と照合してみようと思う。

【追々記】

同じく国会図書館のデジタルライブラリの

「東京帝国大學一覧 自明治廿七年 至明治廿八年」

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813171/281

掲載の「農科大学略圖」によっても、現在のケルネル田圃北の広大な一帯が「桑園」だったことがわかる。

M27s

 これだけ長期間、しかも膨大なクワの木がここで栽培されていたのだから、周囲の一帯にクワが拡散していても、何の不思議もない。

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